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ココロド まめ知識 mame kokolodo_psychology

 このページでは、ココロドが、心理学の論理にもとづいて、心の問題や、自己を実現していくための、まめ知識をつづり、随時、追記していきます。 このページの著者:中間恵子(ココロド代表)


もくじ

  1. 自分を生きるために、必要なこと(伝える・聴く・調整する)
  2. 他人にコントロールされないための基礎知識
  3. 人のコトで悩むのではなく、自分はどうすかを考える。
  4. 自己成長するための秘訣は、「気づき」(自覚)
  5. 自己調整力が自分を救う。
  6. 人間関係の不快なパターンには、あまのじゃくが潜んでる。
  7. 「本当の自分」を理解して、「本当の自分」活かす
  8. 偶然の一致をみつける


1. 自分を生きるために、必要なこと

 ココロドが考える要素は、単純です。3つだけ。

1. 自分のこと(考え・気持ち)を伝えるチカラ
2. 人のこと(考え・気持ち)を聴くチカラ
3. 調整するチカラ

 人間が生まれて、成長するに伴い、この3つのチカラを習得できる環境があれば、自ら他者との関係で学び調整して、生きるチカラを更に身につけていけることになります。

 たとえば、自分のことを話すのが苦手な人もいれば、余計なことまで言ってしまう人もいます。また、人の考えや気持ちを聴くと、すぐ感情的になってしまう人や、立場を盾に人の話を聴かない人もいます。あるいは、仕事的、合理的な話はできるが、個人的な考えや気持ちの話は出来ない人もいます。私の身内もこの3つを出来る人はあんまりいません。かつての私は言い過ぎてしまったりして結局相手に上手く伝えられていないと感じ、自信を喪失して自分のことを話せない時期が続いたことがあります。しかし、自分と他者の違いに気づけば、伝えること、聴くこと、調整することの、必要性もコツもわかって来ます。

 1.の「伝えるコツ」は、まず、自分の「気持ち」と「考え」を理解して、「伝える」ことを意識します。相手のことと区別して、「自分は~こう思う」と主語を自分にして話すと、自分の使う言葉を意識できると思います。不快や不満は、欲求に言い換えて伝えることです。たとえば、「あんたといるとイライラする」という考えと気持ちを伝える場合「私は、心を落ち着かせたいから一人になりたいので、協力してもらえませんか」と言い換えると、こちらのモヤモヤが欲求に置き換えることで明確に伝わり安くなります。私もそうそういつも上手く言い換えられませんが、下手な言い方でも「伝える」ことで自分を知る(気づく)ことに繋がることは、とって次のステップのために大事です。

 2.の「聴くコツ」は、自分のことと区別すること。私とあなたは知識も感じ方も違う人間なので、相手に違う「気持ち」や「考え」があることを理解しましょう。もちろん自分も相手と違う気持ちや考えを持っていいわけです。私は私、あなたはあなた。私は別の考えを持っているけど、あなたがそう考えることは理解できる、という捉え方が、お互いを尊重する姿勢の基盤になります。

 3.の「調整のコツ」は、結論を正否で分割するのではなく、お互いの負担できる範囲で利点と妥協点を考えることです。一方的、2極面的な判断は、状況がかわれば破綻するので、人生は常に調整の連続と考えると、1度の結論に執着するし一喜一憂することが不合理なことだと解ってくると思います。再度調整を念頭に置いて調整する姿勢が大事です。

 往々にして、自分のことを伝えるためには、まず自分のコトを自分で整理して理解することが大事だったり、聴くためには、自分を理解して他人と区別して整理しておくことも必要だったりというように、3をするためには2の、2をするためには1のスキル、1をするためには「自分を知る」ことが必要だったりします。

 人は、1才~2才半ぐらいで言葉を覚え使い始めます。その時期に、子どもが「伝える」内容を大人が(聴いて)理解して「伝え返し」をしてあげることで、子どもの「伝える意欲」と「伝えるチカラ」が育ちます。その過程で理解して聴いてもらう経験をし、それがモデル体験となって、人の話を理解を伴って聴くことが出来きるように成長過程をたどります。これらは、習得に経験的な要素が必要なスキルだとわかります。そして、「伝える」「聴く」「調整する」3つのスキルは、必要だと思えばいつからでも習得可能なスキルだと言えます。

 もし、まわりに3つのスキルの体験モデルがみつからない時は、心理カウンセラーとの対話でスキルの適応力をつけていただくことも可能です。


2.他人にコントロールされないための基礎知識

 他人をコントロールする性質の方は、怒り、批難、脅迫、侮辱(ぶじょく)、暴力など、または、 世話を焼く、教える、ほめる、お世辞、誘惑などのクセを用います。それを見極めてお付き合いすることが大事です。同じ土俵にのらないことも大事です。

 自分の価値や基準が自分の外にある状態のことを外部準拠状態、いわゆる「共依存傾向」といいます。たとえば、他者や学歴や車や職業や持ち物など、自分の外に自分の価値や感情が決まると考えていると、他人の評価を強く気にしたり、たえず人の承認を必要とする状態になります。外部準拠状態の場合、自分の優位性を維持するために、他者をコントロールする(動かす)クセを持ちます。保身のために自分の心や他人に嘘をつく傾向も持ちます。また心と考えの矛盾を常に持っています。

 対して、自分の価値や基準が自分の内部にある状態のことを内部準拠状態、いわゆる「自我アイデンティティーの確立された状態」や「自律性」といいます。自分の行動や考えに責任を持てる状態です。沢山の葛藤や不一致の検討経験を経て、自分なりの自分に即した判断が出来る状態です。悩んだり考えた経験が活かされて自我を形成している行程を経過して、自分の判断を自分なりに肯定できるので、他者承認のための、他者のコントロールを必要としない状態になります。


3. 人のコトで悩むのではなく、自分はどうすかを考える。

 「過去と他人は変えられない」という交流分析のことばがあります。
他人の人生は他人のもの、他人のことで悩むよりも、自分の人生をどう生きていくのかを考えると、「自分の生き方」が見えてきます。自分の行動や考えに責任をもつことがその一歩です。他人の不快に自分が被害を受けていると思うときは、不快な気持ちと理由と要望を適切に伝えて、自分の自分に対する責任を果たしましょう。伝えたあと問題を解決しないのは誰なのか責任がはっきりします。

 して欲しい、してくれない気持ちは「お願いします」、心が勇気づけられたときは「ありがとう」、違っていることに気づいたら「ごめんなさい」、の気持ちを伝えて、自分と他人の関係を区切ると、ずっと続く気持ちにもキリがつけられます。私は私、他人は他人だと解ってくると、伝える必要性も感じます。

 人のために生きるのでなはく、自分を生きながら他者につながる領域が大事です。

 「不快な関係」には距離を置きましょう。「不快な」状態の中にいると、どんどん「嫌な自分」になって行きます。怒りや嫉妬や劣等感や恨みやねたみや束縛感、嫌な感情、嫌な気持ちにきづいたら、関係から距離をおけるような自分になることが大事です。

 距離をつくれない「さみしい自分」に気づいたら、気づいた勇気ある自分を「ステキ」と褒めましょう。自分に気づける人はステキですばらしいです。そして「さみしい自分」に向き合ってあげて下さい。実はそのさみしさは、過去の「本当の自分」の気持ちを、気づいてもらえなかった寂しさだとわかるかもしれません。「さみしい」と言えずに「なんでもないや」と言った、「愛して」といえずに「嫌い」といった、本当の自分に嘘をついて、本当の自分を置き去りにした、置き去りにされた「本当の自分」の寂しさだと解るかもしれません。「本当の自分」をひとりにぼっちにしているのは、自分自身だと。今できることは、本当の自分の「さみしさ」に気づいてあげたことで、本当の自分に「さみしいんだね」と声をかけてあげることで、本当の自分の心に寄り添ってあげることができることに、繋がる気づきなのですから。


4. 自己成長するための秘訣は、「気づき」(自覚)

 「気づき」とは、意識化する状態のことで、「発見」「ひらめき」「思いついた」「自覚」と同義語です。感じていること、感じたコト、知っていること、本能、くせ、の、大半は無意識の中に格納されています。意識できる容量は無意識領域に比べると実はごくわずか。意識(思考要素)が煮詰まっても、無意識からの「気づき」や「ひらめき」が新しい展開の種のように、別角度の視野や思考とつながる基になります。つまり、「気づき」や「ひらめき」は「無意識の意識化」なのですが、無意識を意識で封じ込めてしまうと、「気づき」は得づらくなります。無意識を恐れている・無意識を否定する場合は、大抵の場合、自信がなく、意識や概念で自分を硬く作っている時です。どんな自分が出てきても客観的に吟味出来る自信があれば、恐れる必要もなく、むしろ、自分自身の未知の可能性を、わくわくとドキドキをもって開拓できる機会になります。その「気づき」という原石(種)を磨く(育てる)ことができれば、可能性と発展性を自分の内部に見出して更なる自信にも繋がります。

 ココロド心理カウンセリングは、気持ちやお考えを聴きながら、質問や療法・技法を通して、さらにご自分の内面を感じていただき、ご自分の中の「気づき」を発見していただくことが大事になります。そして、ご自身が、どうしたいのか、どう生きたいのかに繋げていただくことを大事にします。

 たとえば、私の事例でいうと、「私、家事が好きじゃない」とふと「気づき」ました。一見ネガティブで、一面的には気づかない方がよい印象もあり、少し戸惑いましたが、煮詰めてみると、身内に「ありがとう」という言葉もなく、努力しても、節約しても、気持ち的なメリットや経済的ななメリットがないことに、更に「気づき」、だから私は家事を楽しく思えないのだということがわかりました。そして、月々の予算を決めて節約や余った分を報酬として旅行費に積み立てようと、自分の環境を変えていくことにつながりました。どんな気づきであれ、原石(種)ですから、どのように発展させるかは、自分次第となり得ます。


5. 自己調整力が自分を救う。

 熱いところでは、汗をかいたり、喉がかわきます。自己調整力が働くと、水を欲しがりますから水を飲みます。
 これは生命維持のための生理的機能です。心も同じです。心の状態にも、生命維持のための生理的機能があります。心が 楽しいときも、不快な時も、怒りの時も、何らかの生理的機能的なサインだと考えるのがココロドのカウンセリング心理学です。そして、状態はサインで、欲求が隠れているということにつながります。
 自分の心の状態に気づいて、適切な対応を自分に取ることが、「自己調節機能」が働いている状態です。
 たとえば、「悲しいとき」の適切な対応を、自分に取れるでしょうか?、「怒っている」とき、適切な対応とはなんでしょうか?。では、「疲れている」ときの対応は何ですか?。
身体の対応は解りやすいが、考えや気持ちが混ざってくると、少し難しくなってしまうところもあります。
 悲しいときは、まず優しくしてあげて、怒っているときは、まず怒りの思いの丈を聴きまくる、疲れている時は休ませてあげる・・私は自分にそれがなかなか出来ない人でした。それは、弱くなるとか、怒りは良くないとか、休んだらダメとか、自分を否定する自動思考(固定概念)が自己調整力を撹乱してしまっていたからです。むしろ逆に自分にむち打ち壊していた状態の時もありました。この場合、否定的な自己概念が「生きる」ことの邪魔をしていることに「気づく」ことで、どうしたいのかを考えることにつながります。本当は、感情に良い悪いもなく、単純なサインなのです。そして、 自分を理解出来ないのに他人を理解出来ないわけで、まわりも自分も辛くなるだけということに気づきます。他人に対応を求める時も自分の要求を的確に伝えられなければ、思い通りの対応はなかなかしてもらえないものです。本来、自分のことは自分が一番良く知っているわけですから、自分で自分を理解して、自分に対応してあげることが、一番適切な対応になるわけです。優しい他人が対応してくれても、なんか違うってことよくありますよね。自分で自分のことをよく理解することが、自己調整力につながる仕組みです。自己ケアは自分を理解することから始まります。


6. 人間関係の不快なパターンには、あまのじゃく(自虐的な要素)が潜んでる

 たとえば、毎回○○で失敗する、決まって○○をしてしまう、毎回嫌な気持ちになるパターンがある、など、自分の過去を振り返ると、そんなふうに思えることありませんか?。
 たとえば、私の例ですと、権威を鼻にかける方が苦手で、そういう方が、地位を利用して威力で人をコントロールしようとしていると感じたとき、ついつい、いろいろ指摘したくなります。そして指摘という行動をとると、大抵の場合、威力が強化されて、私は窮地に追い込まれ、時には暴力で押さえられたり、私の指摘や存在すら隠蔽されたり、なんてこともありました。これたぶん、繰り返すパターンです。自分では正義感的な気持ちや優しさ的な気持ちもあったと思いますが、交流分析という心理学のゲーム(繰り返す不快な人間関係のパターン)理論に当てはめて分析しますと、別の解釈ができます。別の解釈だとこんな感じです、私はこのパターンの結果攻撃されることは承知しているが、どうしても指摘してしまうクセを持っている。しかし、実際その渦中にいる私は「苦しみ」を感じたくなく、指摘することで相手がコントロールを辞めてくれることを真に望んでいるわけなのですが、深層心理下の無意識の私は既に、それがむなしい行動で私は「攻撃されるときの苦しみ」を予想出来ているが、回避せず、行動をパターン的に取ってしまうということになります。自分が嫌な思いをすることが解っていてもその行動をするというところが、いわゆる「あまのじゃく」。

 「あまのじゃく」とは、ひねくれモノとか、逆らうこと、などの意味がありますが、つまり、苦痛や悲劇の方向へ向かうというコトは、人間の本来の心地よいものを好む性質からすると、その本性に逆らうあまのじゃく(自虐的な要素)傾向と解釈できます。あまのじゃく(天の邪鬼)は、逆らっていることを自覚している訳ではなく、無意識レベルで行動していると考えられます。たとえば、「さみしい」と言えずに「なんでもないや」と言った、「愛して」といえずに「嫌い」と言うことも、あまのじゃく的行動です。

 私の例の場合、その目的は、「攻撃されるときの苦しみ」(交流分析用語でいうラケット感情)。交流分析的に言えば、私は苦しみを味わうことで、以前(人格形成期)に、養育者(親・先生など)に自己(私)を否定されて我慢したこと(苦痛)が正しかった(良いことな)のだと思おうして、苦痛を感じた自分を正当化するために、自分が嫌な気持ちをすることが正しいことなのだと無意識に思って、その感情を強化してつづける習性があるというのが交流分析のゲーム理論です。が、そのひねた自分の中の「あまのじゃく」傾向に気づけば、ある意味、繰り返す自爆要素のある苦痛を、断ち切る切っ掛けになります。自分の中に「あまのじゃく」いませんか?


6. 「本当の自分」を理解して、「本当の自分」活かす

 経験することで、私たちはたくさんのことを感じたり、考えたり、思ったりします。その経験から得た知識はより豊かな自分を創って行きます。元々生まれた時に持っている自分の素質を活かす方向で経験的知識を使えたら、自分の素質を存分に発揮して、いろいろなものに役立てることができ、自信をもって他者や社会と調和することが可能になります。

 しかし、大小の差はあれ、心傷(トラウマ)によって、心を守るために、防衛機制が定着してしまったり、認知の歪みを事実のように思って自分の中に受け入れてしまったり、苦痛な気持ちを感じないよう、気持ちを感じる行程を省いて考えを合理化し自動思考(思考パターン)をいくつも持ってしまうこともあります。人は多かれ少なかれ成長の過程でいくつかの固定概念や、無意識的な防衛クセを持っています。それらの固定概念や防衛クセ、思いグセが、本来の自分の素質を制限あるいは否定する形である場合には、自分を肯定できず、自分の素質を発揮することの障害となり、生きづらさににつながります。

 ものごとの性質は、捉えようや状況や環境の違いで、正にも負にも変移します。

 たとえば、一見ネガティブと判断されがちな性格でも、細かな違いがわかる利点があったりします。「本当の自分」を理解して、柔軟な捉え方をして、「どんな性質も活かせる」ことに気づき、状況や環境を観ることで、これまで蓄積してきた経験や知識が「本当の自分」をバックアップする体制になると、自己信頼が築かれはじめます。自分の素質や潜在能力を発揮して自己肯定感をもって他者と生き生きと関わるために、現時点では不要で弊害な固定概念や防衛パターンから、自分自身を自由に(または開放)し柔軟に考えて、自分の素質を活かしていく方向で考え吟味し、その考えと行動に責任を持って生きることで、自分を信頼しながら自己実現していくことが可能になります。

 「本当の自分」でない自分になるよりも、「本当の自分」のままを受け入れられた方が心地よいのは人間の共通の気持ちです。


7. 「偶然の一致」をみつける

 無意識の中の、固定概念が思いグセを殻を外していくと、「本当の自分」が見えてきます。そして、「本当の自分」の根底には、実は、個人を超えた人類(ホモ・サピエンス)的な共通の概念も共有しています。言い換えれば、「遺伝子的記憶」。

 人は、太陽の明るさに反応しセロトニンなどの脳内物質に影響することや、人と会話すると幸福ホルモンと呼ばれるオキシトシンが出来るとうデータ(※1)や、心地よいこと・ストレスなことなど、共通の生理機能や感覚がいくつもあります。また人が一人では未来を繋げない生態的仕組みもあります。最近(2017年1月)では、京都大教育学研究科グループが、乳児たちが参加した実験で「正義の感覚」について、人が「正義の味方」を好む先天的性質についての結果が発表されてていることも記憶にあたらしいです。本来、人が人になるために必要な歴史的(経過的)要素は、遺伝子レベル(有機物的要素)に記憶されていて、私たち個人の中にもそれが内在するのです。

 その「遺伝子的記憶」に繋がる(感じる)ことで、他者の社会と共通の感じ方や概念として、自分と他人の橋渡しとなる流れ(ハイヤーセルフ)を発見できます。それを感じられたなら、自分の選ぶ道がそれらの延長線にあると感じることができ、自分に自信を持ちながら、社会や未来と調和していける自信も持てます。

 人は、自分の思う以上に他者や未来と繋がっていて、それぞれ影響し合っています。、お互いに繋がるときも、繋がらないときも何らかの繋がり的な意味があるわけです。たとえば、思いもよらない展開が開けたり、逆に、まだ心の準備が出来ていなかったりなど、それなりの繋がりがそれなりに生じているとしたら、結果がどうであれ、そこにある繋がりの意味を見いだせたら、自分が「今こ」この自分を全うしていれば、次へ繋げる・他に繋がることも感じることが出来ると思います。それが「偶然の一致」、思いもよらないけど、それぞれが影響してあって繋がっていることを意識化した言い方です。「偶然の一致」を意識するようになれば、繋ながる感覚の中で、ひとりではない自分や、自分を犠牲にせずとも関われる安心感を得ることが可能になります。

 「本当の自分」や「遺伝子の記憶」を感じられない時は、否定形の固定概念や思いグセが厚い殻(壁・障害)になっていることが多いです。否定形の鎧をはずし、コンタクト出来る(伝え合える)環境があると、身動きが楽になります。

 ココロドのカウンセリング心理学の根底には、カール・ロジャーズの「実現傾向」理論があります。「実現傾向」とは自分の潜在的な能力や個性を成長的に発揮していこうとする傾向のことで、人間は生まれた時から実現傾向を内在していて、伝え合い理解し合える環境にあれば、自分の潜在的な能力や個性を成長的に実現する傾向を発揮していくことが出来るという理論です。


(※1 出典 : 「脳の疲れがとれる生活術」/有田秀穂著/PHP文庫)